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世界でたった1枚の名刺(前編)

公開日 2016.06.13   更新日 2024.02.01

世界でたった1枚の名刺
1枚の原稿を、早く、大量に、精度高く複製するために、オフセット印刷は発展してきました。そのオフセット印刷を使って、『世界でたった1枚の名刺』を作れないだろうか。そんな試みをしました。

紙メディアの表現の可能性を広げたい

ご相談を頂いたのは、co-lab墨田亀沢のメンバーでもある、インクデザインの鈴木潤さんからでした。もともと印刷業界での経験を持つ鈴木さんは、印刷と一般的となった技術に、新しい「何か」を加えることで、新しい可能性を広げられないか。そんな考えをお持ちでした。オンデマンド印刷機やデジタル印刷機を使ってバリアブル印刷を行えば、1枚1枚違う名刺を作る事は簡単にできます。しかし、あえてそれをせずに、髪の毛1本分の誤差も許されない精度で、同じ原稿を高速複製するオフセット印刷機を使って、1枚ずつ違う印刷が出来ないだろうか。そうしたら、名刺交換というビジネスの日常風景が、この名刺をきっかけに、会話が広がり、一期一会の出会いが意識され、出会った人同士が打ち解け合ったりできるんじゃないか。名前や住所を伝えるだけの機能ならデジタルでも代替できるけれど、目の前にモノとして存在する紙メディアだからこそ出来る事があるんじゃないか。そんな紙メディアに対して同じ思いを持つサンコーとして、すぐに意気投合し、取り組みがスタートしました。

世界でたった1枚の名刺
インクデザインさんから出て来たデザインプラン

鈴木さんから示されたのは、このようなデザイン案でした。これを版をずらしたり、断裁で工夫をするなどして、作られた名刺全てのデザインが違うようにしたい。そんなおもいをカタチにするため、現場の職人との綿密なミーティングを実施し、技術的に出来る事、出来ない事を検証していきます。そして、印刷と断裁の両面で、「普段やってはいけないこと」を、あえてやってみることにしました。

印刷での取り組み 様々な選択肢を検討

最初に、色々な表現の可能性を検証してみました。例えば、機械の回転をとことんまで落としてみると、水とインキのバランスが崩れ、本来は色を載せたくない場所に、インキが滲みだして行きます。これも世界に1つという意味では面白い。でも、仕上がった絵が美しくないからNG。印刷の見当を合わせるために版を動かすというアイディアもありましたが、上下左右1ミリしか版は動かせないため、出来上がった時の差がわかりづらい。ということで、これもNG。(あ、でもこの案は後ほど別の目的で復活して採用されますが、それは後編に。)

最終的に(1)インキの濃度が上がって来るまでの濃度差を利用する。さらに、(2)色ムラを敢えて起こす。そして、(3)印圧を調整することで、「かすれ」を起こす。という印刷における方針が固まりました。また、紙は菊半裁サイズ(A2よりも少し大きい)で200枚が1梱包のため、名刺の枚数だけだと余ってしまいます。そこで、この200枚全てに印刷を行い、名刺として使わない分は、年賀状など別の用途に使うためのストックして頂くことで、無駄を減らすことにしました。

濃度差を利用する

オフセット印刷では、印刷機に版をセットしてから、版にインキがしっかりと乗って、濃度が必要なレベルまで上がって安定するまで、200〜300枚の紙を印刷機に通します。この時の紙をヤレ紙とか損紙とか呼んでいて、通常は廃棄してしまいます。しかし、今回は最初の1枚目から成果物として採用する事で、約200枚菊半裁(A2サイズより少し大きい)サイズの印刷物が全て濃度が異なるようにしました。これによって、最初の方の印刷物はとても色が薄いのですが、その薄い部分をルーペで見ると、あくまでベタで印刷しているので網点は存在せず、インキが薄く、でもベタで乗っているという不思議な仕上がりとなっています。

色ムラをあえて起こす

通常の印刷物では、CMYKそれぞれのインキの壺の開け方を調整して、印刷の濃度が適正になるように細心の注意を払います。しかし、今回は、インキ送りローラーに直接手でインキを塗ることにより、インキの濃度差が極端に出るようにしてみました。これによって、同じ濃度で作られたデザインに、インキの濃淡が発生します。しかも、印刷を進めると共に、印刷物全体の濃度が上がって行くことと、ローラーが動くことで、この濃度差は薄れて行きます。その結果、1枚1枚が異なった表情を生み出していきます。

世界でたった1枚の名刺
インキを直接ローラーに塗って行きます。

世界でたった1枚の名刺
本来なら全体がシアンになるのですが、ローラーから降りてくるインキがムラになっているので、版につくインキもムラになります。

世界でたった1枚の名刺
その結果濃度差が出た印刷物になります。

印圧を調整する

上記のような方針を決めて、テスト印刷をしてみたら、200枚のうち最初の100枚位は良い感じで印刷できるのですが、残り100枚が同じ仕上がりになってしまいます。そこで、インキの量をさらに絞って150枚程度まで濃度差が出るように調整し、さらに、濃度が上がり切ったあとは印刷を下げるという手を使いました。印圧とは、ブランケット胴と圧胴の間の紙が通って行く隙間をさします。ここを調整することで、インキをどの程度の強さで紙に押し付けるかが決まってきます。印圧が適正値よりも下回ると、インキがしっかりとつかず『かすれ』が出てしまいます。その原理を活用して、濃度が上がりきってあとは、この印刷を下げて行き、ベタ面のかすれを起こして行きます。

世界でたった1枚の名刺
機械を動かしながら、印圧を調整します。

この様な取り組みの結果、下の写真のようになりました。左は200枚印刷したうち一番最後の印刷物。右は一番最初の印刷物です。この間に無数のバリエーションが存在します。

世界でたった1枚の名刺
インクデザインの皆さんと、印刷の職人とで記念撮影

まずはこのような方法で印刷技術でバリエーションをつけました。でも、これだけでは世界でたった1枚の名刺と言うには、ちょっと弱いです。2日間しっかりとインキを乾燥させ、断裁でも色々な手法を使ってバリエーションを広げて行きました。

断裁の詳細は後編に続く。

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